比留間英人氏が、石原元都知事が「担当局長」と呼ぶ当時の中央卸売市場長でした。石原氏が当時「担当局長から報告を受けた」といい、テレビでは「騙されていた」と発言する一方で、比留間英人元中央卸売市場長に、ほんとうに豊洲のコンクリート案について、責任があるのでしょうか。
比留間英人さんの経歴としては、以下になります。
昭和26年生まれですから、現在は65歳。
出身大学は東京教育大(現筑波大学)とされます。
東京都の仕事に就いたのが、1975年。
その後、1988年に教育庁副主幹になったのを皮切りに2005年に教育庁次長(中央図書館長事務取扱)になるまで、ずっと教育の分野に就いています。
”「(Q.検討したけど終わった話?)(石原)知事に報告した。採用できないと。(Q.その時、石原知事は?)『ああそうか』って」(当時の市場長 比留間英人氏)”https://t.co/KdZ4YBWeNg
んで、結局のところ、対策費はいくらかかったんだろう?— A.Wada (@senryoAIIT) 2016年9月15日
しかし、教育の分野から2006年に中央卸売市場長に就任します。教育から、別の専門外の仕事へ・・という解釈をする方もいますが、
しかし都の幹部も、他の公務員組織と同様にいわゆる幹部になるとどの分野であろうと局長クラスは、諸部所をまわるものと管理人は解釈しています。
したがって比留間英人氏が、中央卸売市場長に就任した理由よりも、注目すべきは当時、どんな対応をしてきたかということでしょう。都議会の記録を伝えた新聞記事(産経)によると比留間英人氏は、築地の再整備は不可能という立場を取ってきたとのことです。
これに対し、都の比留間英人・中央卸売市場長は、現在の築地市場の敷地が狭く、品質管理の高度化や新たな顧客のニーズに対応する各種施設を整備する余地がないことなどを指摘。「財政面でも築地市場の再整備は不可能」との意向を示した。
築地市場移転問題をめぐっては石原知事が5月、「現在地での再整備も検討の主題になるかもしれない」と発言していた。
(産経MSN 2008年6月の記事より 元記事が消えたためhttp://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10109002936.html から引用させていただきました)
移転に賛成か反対かは、現在の問題とは直接関係ないでしょう。今は石原元都知事と、比留間氏とで、過去の責任問題が食い違っていることです。
石原氏が「担当局長」としていた元中央卸売市場長の比留間英人氏は共同通信の取材に対し「知事からコンクリ案について調べるよう指示があった」と、石原氏の「担当局長から報告を受けた」とする主張を否定。
その上で「コストを下げるために何か新しい方法はないかという趣旨だった」と説明した。検討後、コンクリ案は余計に費用がかかるため断念すると知事に報告した際、知事は納得し、特にこだわった様子はなかったという。
(9月16日 スポニチアネックスより)
石原氏はコンクリート案について「専門家じゃないんだから俺はしてねえよ」と答えたと報道されています。
確かに専門家でない知事が具体的な提案はしないことでしょう。では直前に変わったとされる(おそらく?)日建設計が、比留間氏にコンクリート構造物について提案したということでしょうか?
しかし上記のコメントによると比留間氏も、コンクリ案は費用がかかるから断念すると言ったわけです。
では、断念するはずだったコンクリ案がそれでも強行されたとしたら、それを決めた(断行した)のは誰?
という疑問がまた生じてしまいました。
比留間市場長ではなく、もっと現場に近い幹部だった? それとも幹部ではない職員だった? と部外者が想像してもぜんぜん的外れなことでしょうか。
追記:続きは 岡田至さん(元中央卸売市場長)のコメント を参照ください。
過去の問題をめぐって、責任を追及する側も、自分ではないと答える側も、こういうテーマはあまり心地よくありません。しかし豊洲市場をめぐる問題は、なんとか解明し、整理しなければならないことだけは確かです。